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Fleur de Aciu.

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Paris~le voyage de la recontre~Ⅲ モン・サン・ミッシェル

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唐突ですが、私、学校の授業で歴史が一番嫌い(=苦手)でした。
日本のことさえもままならないのに、世界のことなんて…と、選択したのは日本史。
それさえも、受験科目にはないという理由で勉強を怠り危うく進級しそびれそうになったほどです(><)

そんな私ですが、せっかく訪れた歴史的建造物についてくらいは学習しようかと写真を見ながらの復習☆
本当は、予習をして訪れた方がためになったでしょうに…。
「だって、歴史。。。嫌いなんだもーん!」 あっ、失礼(^^)。

それでは、少しでも興味のある方は脱線しながらの復習にお付き合い下さい。
採点は、お手柔らかに(笑)

世界遺産【Mont-St-Michel】
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ここに建てられた修道院は、8~19世紀の間、歴史に応じて姿を変えてきました。そのため様々な様式が使われ素晴らしい建築芸術となりました。10~11世紀に建設された場所は厚い壁と小窓が特徴のロマネスク様式、12世紀の建築変換期はゴシックの要素も入り、13世紀にゴシック様式の傑作「ラ・メルヴェイユ」が登場。島を取り巻く城塞は13~15世紀に造られ、修道院のシンボルの鐘楼と尖塔は1897年に完成しました。
城門から修道院の周囲まで歴史ある見所がたくさんあります。
*ラ・メルヴェイユとは、「驚異」を意味し、修道院付属の教会北側の居住部分がこう呼ばれます。

思い起こせば…、とてもお話の上手なガイドさんが「ここまでが○○様式で、ここからが○○様式。。。」みたいなことをずっと言われていました。
私のお頭は、「建築家ではないからわかんなーい!」って完全にシャットアウトしてましたけれど(汗)とほほ。。。

そんな私の興味ときたら…、グランド・リュと呼ばれる修道院までの参道で、名物オムレツの老舗「La Mere Poulard(ラ・メール・プーラール)」の看板が気になったり…。
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「こちらでの食事はあきらめてください!時間が足りません!」と、ガイドさんがキッパリ。
かなりの人気だそうで待ち時間がそうとうかかるらしいです。
そういうわけで、修道院の案内が始まる時刻までのフリータイム中に4つのおススメレストランの中のひとつ「Mouton Blanc」で名物ふわふわオムレツをいただきました。
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ひとまずシードルで乾杯♪
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シードルとりんごジュースを選ぶ事が出来たのですが、日本であればきっと「ジュースを…。」と注文していると思うのですが、雰囲気に飲まれたのか(^^);みんなと同じシードルを注文。
このあと、後悔が待ち受けているとも知らず…おいしく頂きました。
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オムレツも美味しかったけれど、あのポテトの量には相変わらず勝てる事もなく完食ならずでした。
横にいたmaikoちゃんは、食べきっていました。見事な食べっぷり、気持ちがイイです!

あらま、歴史のお勉強はどこへやら(笑)

余裕を持って食事を始めたはずでしたが、随分とゆったりとしたサービスで最後に出てくるはずのデザートがなかなかやってきません。そうこうしているうちに集合時間がせまってきました。
デザートはあきらめてお店を立ち去ろうとしていたところにクリームブリュレが…、飲み物の様にかき込もうとしましたが、やはり完食には至りませんでした。
その後、ダッシュで集合場所へ。

みなさん、モン・サン・ミッシェルを侮ってはなりません。
帰国後に復習のために開いた参考資料には…「疲労度」修道院まではかなり急な坂道と階段を歩く。歩きやすい靴と服装でゆっくり登ろう。修道院内部は4階まであり、見学パターンは一気に上がって降りるので少々キツイ。と、記されていました。
少々...って。食べてすぐの(この度で確信した)アルコールに弱い、弱くなった?アラフォーにはこたえました。
階段の途中から、血の気がすぅーーーと。
どうにもこうにもで、3人に伝えると「少し休もう。」とガイドさんを離れて休憩を入れてくれました。
アラフォーどころか、おばあちゃんのようでした。
少し休ませてもらったお陰で復活☆「みんなアリガトウね。」
急いでガイドさんのもとへ。
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と、言うわけで高い壁に囲まれた階段のお写真はございません(涙)
この日は、ガイドさんも珍しいとおっしゃっていたのですが教会の尖塔にあるミカエル像には、ずっと霧がかかったままで見ることが出来ませんでした。先っぽ。。されど、先っぽ。。。

給食時間と体育の時間を終え、保健室でさぼった後は歴史の授業に戻ります。
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修道院付属教会。
難しいことは分からなくても、歴史の重みは感じとれます。
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さてと、修道院の歴史について。
 8世紀初め 大天使ミカエルの降臨により聖地となる
708年、アヴァランシュの司教オベールの夢に大天使ミカエルが現れ「かの岩山に聖堂を建てよ。」と告げた。この夢を信じなかった司教に腹を立て、3度の出現で大天使は司教の頭に指を差し込んだと言い伝えられている。
 10~13世紀 ベネディクト派修道院の営造~巡礼の最盛期
カトリックへの改宗を条件にバイキングの首領ロロがノルマンディー公リチャード1世に。彼の命で966年、べネディクト会の修道院を設置。11~12世紀は巡礼者が多く集まった。13世紀に「ラ・メルヴェイユ」の棟が完成し、ほぼ現在の形になった。

 14~16世紀 英仏百年戦争、宗教戦争にて城塞として機能
14世紀、英仏は百年戦争へ突入。2国間にある修道院は閉鎖、城塞となる。干満の差と潮流の激しさのお陰で不落の要塞となり百年戦争は終結。16世紀の宗教戦争時はカトリック過激派の拠点に。プロテスタントから9回の攻撃を受けるが防ぎきる。

 18~20世紀 フランス革命を経た後再建、世界遺産に登録
18世紀のフランス革命後、修道院は監獄に。王党派など反体制派の約1万2千人が送られ、「海のバスティーユ」と恐れられた。1863年、ナポレオン3世の勅命で監獄は閉鎖。その後修復が進み1966年に修道院は再開、1979年に世界遺産に登録される。

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聖女はどのような思いを馳せているのでしょうか?

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回廊。修道院の最上階部、僧侶たちの憩いと瞑想の空間。
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天国を象徴している中庭。
その後の見学を経て感じたことは、人は、どのような時代や背景に生まれたとしても、生まれてから死に至るまでを生きているということ。その繰り返しのなかで造られ、残されたものはとても重いものであると言うこと。
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謎解きのレリーフ。
唐草模様などのレリーフの意味を僧侶が熟考したと伝えられている。
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食堂。両側にある59の小窓からは美しい光が差し込む。
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オーベル司教の彫刻。ミカエルに指を差し込まれる姿を表す彫刻。
頭蓋骨に穴って、ちょっとひどすぎやしませんか?大天使。。。
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迎賓の間。大切な来客を迎えた場所。
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大車輪。絶え間なく行なわれた増改築の工事現場で使用されていた貨物昇降機。車輪の中に人が入り回転させる仕組み。
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ここは1830年まで死体を安置する場所として使用された。死を嘆くピエタ像が置かれている。

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聖ミカエル像。目と目が合ってしまいドキッとしました。思わずこの角度からのシャッターを。
戦いを司る最強の天使。神の武器庫から賜ったという剣を持ち、ドラゴンを退治するなど数多くの武勇伝が語られている。また、煉獄の門番として魂を冥界に導く役割も担う。「オルレアンの乙女」と呼ばれた国民的英雄ジャンヌ・ダルクを戦いに導いたのも、この聖ミカエルだったとされています。

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どうですこの幻想的な景色。一足お先にブログを更新していたmaikoちゃんが、ラピュタの世界みたいと綴っていましたが、まさにそんな感じデス♪

ふぅ~、こんなにマジメに歴史を学んだのは初めてかもしれません(笑)
歴史は、頭に暗記するものではなく心に刻むもの。そう思えていれば、追試を何度も受けなくてよかったかな~?(^^);

放課後は…、
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記念撮影☆
結局、先っぽは、・・・でした。(笑)

帰りのバスから
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沢山のヤドリギの向こうに見えたモンサンミッシェル。分かりますか?

途中で挫折しそうになった歴史の時間。
居眠りはしましたけれど(><)
ここまで付いてきてくださった方は、歴史好きではなく、もはや、アチュウ好きに認定いたします!

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追加
モン・サン・ミッシェルと言えば...、2年前にパリでお世話になったtakakoさんのブログは私の心にずっと留まっている。
私もいつか大切な人とこの夜景を見ることが出来るといいなぁと思う。
by Aciu | 2012-06-14 22:50 | Paris
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